やまつりの、「令和元年10月20日、晴れ、あの日から約1週間が過ぎた」

水は引いたけど、ここまで水が来たんだとわかる(東舘・女性)

こんにちは。ゆかいな仲間のmaruです。
→ 「やまつりの○月×日」とは?(これまでの○月×日もご覧いただけます)

台風19号の猛威は矢祭町にも襲い掛かり、甚大な被害をもたらしました。
幸い人的被害はなかったのですが、床上・床下浸水のお家もありますし、橋が流出したことにより高地原地区が孤立したというニュースは全国でも紹介されました。

1週間が経ち、いつもと変わらない生活が戻ってきた人も多い一方、明らかにあの日以前とは違う光景と目の当たりにし、これまでと違う暮らしを強いられている方たちもいて、なんとも複雑な気持ちです。

ショッキングな被害の光景ばかりがニュースやネットで「矢祭町の様子」として紹介されています。
矢祭の「今」であることには違いないけれど、果たしてそれだけが「今」なのか。

そんなことを考えていました。

たまたま、○月×日に写真を寄せてくれる友人たちに会った時、「今、やるべきか、やらざるべきか」と相談しました。それをやることによって傷つく人はいないだろうか、そんなことも含めて。

ある友人が言いました。「災害の爪痕を目の当たりにするのも、友人や家族と楽しいひと時を過ごすのも、同じ矢祭の一日の中にある。それを○月×日として集めたらどうだろう」

広く参加を呼びかけ集まった写真たちを並べてみると、これこそまさに矢祭の「今」という感じになりました。
爪痕がまざまざと残る風景と、家族とひと時のだんらんを楽しむ様子、そして、前に進むために働く人たちが集う場所。

今回写真を寄せてくださった方の中には、実際被災された方もいらっしゃいます。

写真に写る風景や人たちだけでなく、写真を撮った人たちの思いも、感じていただければ嬉しいです。

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